一番美しかった網膜の陰

深夜に書いているものなので誤字や脱字、並びに言語の破綻などは少し目をつぶってもらいたい。



数日前、「今まで見た景色の中で1番美しかったものは何か」という話になった。

そこで私が出したものは、「血縁的な父親の実家でみた冬の星空」という答えだった。

これについて、少し話したいなと思う。


まず、私は国籍が日本ではない。しかし生まれ育ちはほぼ日本なので第一言語は日本語であり、幼少の頃は親戚との意思疎通がどうもうまくできず結構しんどかったりもした。

ついでにいえば両親も離婚済みである。こっちは「血縁的な父親」という言い方の所以。

以下、面倒なので単に「父親」、とする。

ゆかいなインターネットワールドに限らずそのことにいい顔をしない人がいることは知っているし、事実何やら言われた経験もあるので前提として触れるだけに止めておくが。


とりあえずまぁ、馬鹿みたいに寒い冬だった。

確か小学校高学年の頃の、冬の日。結構な都会っ子なので寒くとも夜空は澄んでいない。

父方の実家を尋ねるため国境を越える前に受けた授業はなにかしらのカードの作成、だったはずだ。この辺りは本当によく覚えていないのでおぼろげな記憶。確実性は低い。

冬休みとかではなくて、祖母の葬儀のためだった。

そのことについては詳しく知らなかったし、そもそも母方の親戚の方に行く方が圧倒的に多かったので、「おばあちゃん」という感覚の薄い祖母だった。

最後に見た姿は、座って喋りもせずに黒々とした目をじっとこちらに向ける顔。

病気、だったらしい。

そもそも親戚たちが何を話しているかもよくわからない中、馴染みの薄いひとにただじっと見つめられる感覚。

幼い自分には結構怖かった。何せ生も死も概念としてすら知らないような頃だったから。

今思えば、ただでさえ会いに来る機会の少ない孫のことを少しでも目に焼き付けておこうとしていたのかもしれない。

真偽のほどはもうどこに聞いたってわからないけど。


そんな祖母の、葬儀。

私の手を引いた一番父と年の近い伯母が、驚くほど激しく声を上げて泣き伏していたのを覚えている。年の近い姉がどういう反応をしていたかは覚えていない。

ただ、どうしても向こうの食べ物が口に合わず、個包装のクリームパイみたいなお菓子しかまともに食べられなかった。


回想はこのくらいにして、タイトルの話をしよう。

そこはドのつくほどの田舎であった。

具体的に言うとその辺に野犬がうろついていて、山羊が放し飼いされていて、舗装されている道なんてほぼないし、ぽつぽつと植えられた綿花を収穫してわたとそれ以外を分けるという工程を門の前に出した椅子に腰かけた老女が手作業でやっているような光景。暖房器具は練炭だった。そりゃ寒いに決まってる。

そんな感じであったので、勿論ながら夜は暗い。日本の家で自分の寝床に入って目をつぶった時よりも、そこで布団に入ったまま天井を見上げているときの方がいっそ暗かった。

葬儀の前日だったか当日だったか後日だったか、詳しいタイミングは忘れてしまった。

恐らく前日だったろうと思う。

きっかけは何だったか、とにかく寒さを最小限に抑えられるほどに着込んで、夜中に庭に出た。確か家族は四人全員そこにいた。

寒いからと練炭を一つ焚いて、座り心地の悪い折り畳みの椅子を人数分出して。

上を見上げると、科学館で何度か見たことがあったようなプラネタリウムの景色があった。

いや、きっとそれ以上の。

宝石をばらまいたというよりは、もっとなにか、理解の出来る範囲を超えて美しかった。

満天すぎて眩しいくらいの、幼さが「星を数える」という途方もない行為を呼んで首が痛くなるほどの、どれが一等星かどれとどれを結べば星座になるのか全く分からないほどの、そんな星空だった。何度も何度も上を見上げたまま星をたどろうとして歩くものだから少し目を回したくらいの。

「星が降る」だとか、上で言ったような「宝石箱をひっくり返した」とか、「満天の」なんて言葉では形容できなかった。

記憶の中でしかもう見ることができないから、実際どの程度だったのかはわからないけれど。

言葉をあまり知らないが故の、自分の感受性の形を表す必要性を知らなかったが故の、原始的な感動であった。

修学旅行でも星を見る機会があったが、それでもやっぱりあの時の網膜に焼き付いた天球いっぱいの白や青の冷たい光は越えられなかった。

これが、私の知りうる限り、私の覚えている限り、一番美しい景色。

そこから先のことは、いまいちよく覚えていない。

両親の離婚だったりそれにまつわること関係のないこと色々、現実を知るごとに純粋さを失って視界が塗りつぶされて、少しづつ息の出来ないような記憶を夢の中だけに閉じ込めては市販薬を流し込み薄いカミソリで肌に線を引いてと、いわゆるメンヘラ街道を突っ走ってきたので。

ただ、フォロワーにも「お前のそれは闇」と断定されるような思い出の中にも、こういう綺麗なだけの記憶も確かにあるのだと、それだけを言いたい記事だ。

数日後に読み返して日本語の下手さに記事を消さないことだけを祈る。

人生エラー

カフェイン依存系鍵垢在住底辺字書きの墓場

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